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【コラム:003】 学生のボランティア
(記載日:2004/8/4) |
(since 2000.9.4.)
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【0. はじめに】
私はこれまで、いろんな形のボランティアを見て、参加してきました。同時に、ボランティアを受け入れる側ともさまざまな形を通して関係を築いてきました。そして1年間、秋田大学医学部のボランティアのサークルの部長を一応務めてきました。そこで、これまでの活動の経験から、最近思うことをまとめてみようと思います。 この文章は、すでにボランティア活動に取り組み始めている人たち、ボランティアをやってみようかな?と思っている人たち、そもそもボランティアってどんなもんなんかいなと思っている人たち、いろんな人たちに読んで考えてもらいたいと思っています。 筆者はこれを書いている時点では大学生ですので、、、「学生のボランティア」という視点でしか述べていません。その点はあらかじめご承知おきください。 あと、あくまでもここで述べることは私の個人的な考えで、べつにこれが正しいとか、こうじゃなきゃダメだというようなことを言いたいわけでもありません。「それはおかしいんじゃないの?」って思うようなところがあると思います。それが正常だと思います。単に「私はこう思ってやってきた」というだけのことです。何か偉そうにいろいろ語ってるように見えるかもしれませんが、全部私がこれまで自問自答を繰り返してきたことをただずらずらと書き並べただけです。文章の書き方も、ものの考え方も、非常に稚拙なものになってしまい、書いている本人が一番恥ずかしいのですが(だからなかなか書き進まず、この企画の構想からWWW上への公開まで1年近く掛かっているのですが)このページを見つけてしまった皆さんに考えるきっかけを与えられればと思っています。本当にただずらずらと書き並べてしまったので、非常に読みにくくなってしまったかと思います。目が疲れると思いますので、プリントアウトされることをお勧めします。 あと、ここでは敢えて「ボランティア」の語源とか、ボランティアの始まりとか、そういったものには触れません。きっとインターネットで検索すれば出てくるでしょうから、そちらをご覧ください。
【1. ボランティアって良いことなのか?】
まず最初に考えたいのは、「ボランティアって良いことなのか?」ということです。これを読んでいる皆さんはちょっと突然と思うかもしれませんが、とりあえずそこからスタートさせてください。 さて、早速本題です。「ボランティア」って、良いことなのでしょうか? たぶんそう聞かれると多くの人が「そりゃあ、悪いことじゃないでしょ。」って思ったんじゃないかと思うのです。でも違います。私が聞いているのは、「良いことなのかどうか」です。「悪いかどうか」を聞いているのではありません。 そう言われると、半分くらいの人は、「誰かのためになってんだから、いいことなんじゃないかな?」って思ったのではないかと思います。もう半分の人はちょっと遠慮がちに、「いやいや、そこまででも」などと思ったのではないかと思います。 では、結局、どうなんでしょうか。 私の考えは、「良いことでも悪いことでもない。」です。 「良いこと」だとすると、じゃあボランティアをやるだけの(時間的・金銭的・精神的・体力的)余裕はあるのにボランティアしないというのは悪いことなのか、って聞き返したくなります。でもボランティアは本来自由意志でやるべきもので、やるかやらないかは自由なはず。「ボランティアをしないのを悪い」とは言えないはずです。 何かズルい答え方をしていると思われるかもしれませんが、「ボランティアを良いこととは言えない」ということをハッキリ言えることが、非常に大事ではないかと思います。
ここで私が心に留めておきたいと思ったことは2つです。 (1) 「ボランティアは、良いこと」という考えを捨てたい。 (2) えてして、特に時間的・金銭的・精神的・体力的余裕が無くなってきた時に、「ボランティアをする」→「ボランティアをしてあげている」に移行しがち。気をつけよう。 まあ、ボランティアが良いことでもなんでもない、と考えれば、(2)のようなことにはならないのでしょうが。
特にボランティアを受け入れ慣れている施設・団体では、「ボランティアを受け入れることが良いことで、だから私たちは良いことをしているんです」みたいな態度で接してくるところがあります。もちろん、ボランティアをする私たちはそこでボランティアを「させていただく」という立場なわけですが、こういう態度で接されるとカチンとくることがあります。これは、ボランティアを受け入れているその施設や団体が、「『ボランティア受け入れ』ボランティア」をやっている気になっていてかつ、「ボランティアは良いことだ」と勘違いしているから、こういったことになるわけです。
今一度、ボランティアに関わる人(ボランティアする人・される人・受け入れる人…)は皆、一度このことを考えてみてはいかがでしょうか。
【2. 何でボランティアやるのよ?】
さて、「ボランティアは良いことでも悪いことでもない」、とすると次に起こってくる疑問が、「じゃあ何で良いことでもなんでもないボランティアをやるのよ?」ということです。 世の中にはいろんな人がいまして、例えば定年退職したおじいちゃんが、家でゴロゴロするくらいなら誰かのためにこの時間を使いたいなんていうこともあるかもしれません。この場合は「暇潰しのボランティア」ということですね。 べつに「暇潰しボランティア」を否定するつもりはありません。むしろ上に挙げた例はすばらしい心がけだと思います。でも学生が暇潰しにボランティアをするというのは、いかがなものかと思います。多くの学生はまだ親に仕送りしてもらっているような状況です。そんな中で「暇」だなんて、とてもとても。そんなに「暇」なら勉強しろよ、と思います。(たま〜にいるんですけどね、学生で自らバイトで生計を立てている人。でもそんな人はバイトで忙しくてそれこそボランティアなんてやってる場合じゃないでしょうから。) やはり、学生のボランティアは、「何か得るものがあるから」やるんだと思います。逆にそうでないなら、ボランティアなんてやめたほうがいいと思います。それは「暇潰しボランティア」になってしまうから。 もちろん、得るものはお金ではありません。それこそ、「ボランティアでしか得られない、何か」です。一言で言ってしまえば、「社会勉強」でしょうが、言葉で言うほど単純なものではないかもしれません。
【3. それってボランティア?】
お金ではないにしても、何か得るものがあって、それでボランティアをする。私はこれでいいと思っているのですが、こう書くと、「これってボランティアって言えるの?」「ボランティアって『無償』奉仕じゃないんか?」って突っ込まれそうですね。 まあ、「ボランティア」=「無償奉仕」というのであれば、ある意味では私の考えるボランティアはボランティアとは呼べないかもしれない。でも「無償」にしたらそれこそ「暇潰しボランティア」になってしまうから。。。でもこのままじゃ、確かに「無償」ではないですよね。 なので、私は以下のように考えることにして自分を納得させています。 「ボランティアで何かを得る」→「それ以上の働きをボランティアでする」 ちょっと分かりにくいですかね? 分かりやすくお金に換算して言うと、例えば、 1000円のものを得た→1000円以上、例えば1500円分働けば500円分ボランティアできる ボランティアなのにお金の勘定の話になってしまって、書いてる本人も違和感があるのですが、分かりやすく言うとそういうことです。もちろん、ボランティアで得るものなんてお金に換算できないでしょうし、自分のボランティアでの働きもお金に換算できないでしょう。あくまでも話を分かりやすくするための例えです。
【4. 大切なのは事後評価】
前項で少し低俗な話になってしまいましたが、大事なのはボランティアをやった後にその活動を評価することです。ここで言う「評価」とは、ようするに、「ボランティアで得たものに相応した、それ以上の働きをできたか?」=「どのくらいボランティアできたか」の評価です。再び分かりやすくするために低俗な話にしますが、要は「今日はどのくらい働いた? 500円? 1000円? 2000円?」ということです。 実際にはボランティアで得るものはお金ではありませんし、逆にボランティアでお金をあげるわけではありません。なので指標が無く、非常に難しいです。また、自分に甘くしようと思えば、いくらでも可能です。ここは自分に厳しく、評価する必要があるでしょう。でないと、「ボランティアをやりに行った」はずが、逆に「ボランティアされてきた」ってことになりかねませんし。 時々いるのですが、「ボランティアに参加することに意味がある」なんて考えてる人。ボランティアはオリンピックじゃないんですよ〜って言いたい。ボランティアなんて、参加することそのものには何にも意味はありません。参加して、そこであなたが何をやるかです。「ボランティアに参加することに意味がある」などと平気で言う人は、大抵はその場にいるだけで何もせず邪魔なだけ、足を引っ張るだけです。そんな人には二度とボランティアになんか来てほしくない。
ちょっと感情的になりかけてしまったところで、「事後評価」の話に戻しつつ、さらに話を進めて難しくしてしまいましょう。 これまでは「自分の働き具合の評価」の話をしてきました。 ここからは話を変えて、「ボランティアで得たものの評価」の話です。
分かりにくくなるので、またお金で説明しましょう。 前項で挙げた例は、 1000円のものを得た→1000円以上、例えば1500円分働けば500円分ボランティアできる でした。でももしこの例で2000円分のものを得ていたら、差し引いちゃうと-500円となって、結局ボランティア出来なかったことになっちゃいますよね? 同じ1500円分の働きをしていても、方やボランティア、方やそうでない、というと、何か変な感じがしますよね。
しかし、ここで大事なことは、「『ボランティアで得たもの』の評価も、あなた次第だ」ということです。今日ボランティアに参加して目の前で起こった出来事を、あなた自身で評価して、どの程度のものにするかはあなた次第。つまり、またお金で説明すると、今日起こった出来事を、ある人は1000円って評価するかもしれない。別の人は2000円かもしれない。今日の出来事をあなたがどう活かすかです。
人には向き不向きがありますから、決してこの評価が高いからいいとか、低いからダメとか、そういうことではありません。また、無理して評価を高くつける必要もありません。素直に、自分に正直に考えればよいのです。
そして、「採算」が合わなければ…。 例えば2000円分得ていて、1500円しかお返しできなかったのであれば、次回もっと頑張ればよいだけの話です。 2000円以上お返しはしてるつもりなのに、どう考えても10円しか得られない(とあなたが判断した…前に書いたとおり、それがべつに悪いことではないのです。正直にあなたがそう思うのであれば…)というのなら、そんなボランティアは、あなたが学生なら止めてしまえばいいと思います。でないと、前に書いたとおり、無償奉仕→暇つぶしになってしまうから。「冷たい」と感じるかもしれないけど、それがあなたのためです。まだ若いんだし、もっと将来に役立つことをやった方がいいと思うのです。他の人にそのボランティアは任せましょう。
【5. ウソは禁物】
さて、ボランティアの評価の話を長々としてきましたが、追加して。
評価はあくまでも、自分でやるものです。なので、甘えようと思えばいくらでも甘えられます。「今日どれだけ働いたのか」、「どれだけのものを得たのか」。正直に評価しましょう。ここで自分にウソをつくと、迷惑するのは相手の方々だということをお忘れなく。
【6. こんな短絡的な考えも、不当】
今回、1000円分のものを得て、2000円分働いた。→じゃあ、次回は1001円分働くようにしよう。
お金の話にすると、こういうことを考える人が多くいるんですよね。 いいんですよ。2000円分働くのが本当にきつくて、続けるためにはもう少しラクをしたい、でもボランティアは続けたい、というのであれば。
でもそういうわけではなくて、お金の数字遊びだけで短絡的にそういうことを考えるのは、とりあえずはやめましょう。少なくとも、以下の2点を考慮してからにしましょう。
(1) 評価は正当なのか? 前項に通ずるものがありますが、ようするに、「今回得たものが本当に1000円分なの? 1900円じゃないの?」、あるいは「本当に今回2000円分働いたの? 1100円分じゃないの?」ということです。この評価がズレているのに働く量を変えるとおかしなことになりますよ。
(2) 得るものを増やせないの? これは前々項の後半と似た話です。繰り返しますが、あなたがボランティアで何を得るか、そしてそれをどう評価するか、すべてあなた次第なのです。目の前で同じことが起こっても、あなたが同じエネルギーを使って何かをやっても、それをどう活かすかは、全部あなた次第です。見方を変えれば、昨日まで1000円しか得てなかったことが、10000円、あるいはそれ以上になるかもしれませんよ。
【7. おわりに】
ボランティアの話をしているのに、お金の話を持ち出すのはタブーのような気もしますが、言いたいことは分かってもらえたんじゃないかと思います。あくまでもものの考え方で、実際に金勘定するわけではないので、そこら辺はご勘弁を。
「ボランティア」という言葉だけが先行し、単純に「ボランティア」→「良いこと」という考え方が浸透してしまっている感があります。そのためかは分からないのですが、最近は「ボランティアの無責任さ」について様々なところで議論される機会が増えたように思います。 ひどい人になると、「ボランティアなんだから、結果よりその気持ち・プロセスが大事」などということを平気で言ってくる人もいます。これを言い換えるとこうなります。
ボランティアなんだから = 無料で働いてるんだから 結果より気持ち・プロセスが大事 = 結果はどうなっても構わない その心は ⇒ 結果を求めるなら、バイトでも雇ったらどうですか?
無責任というか、前に書いた「自分への甘え」以外の何物でもないですよね。
また、日本がそういう風土だからなのかは分からないのですが、ボランティアされる側の人がボランティアする人に対してものを言いにくいということもあり、ボランティアする側が強い立場に立ってしまいがちです。今一度、自分のやってきた、あるいはやろうとしているボランティアについて立ち返って考えてみてはいかがでしょうか。 |